明暗について

先月の黄金週間中に読んだ夏目漱石の「明暗」に尋常ならざる感銘を受けた。読了したるのち、私はしばらく茫然とも陶然ともつかぬ態で凝つと余情に浸つてゐた。ここでその感想を述べるのは止すが、兎に角、凄かつたとだけ云つておきたい。


未完ながら漱石の最高傑作と云ふ声が多いのも尤もな事である。車谷長吉氏は著書のなかで、近代日本の文学作品ベスト3のひとつに挙げてゐる。私も、私が今までに読んだ総ての書物の中からベスト3を撰ぶとしたら、迷ふ事なくこの「明暗」を挙げるであらう。


数日を経て私は、水村美苗「續・明暗」をアマゾンにて求めた。軈てそれは私の手元に届いたが、すぐと読む気にはなれず逡巡してゐた。何故と云へば、漱石がどんな結末を用意してゐたかをあれこれ想像する愉しみが失はれて仕舞ふやうな気がしたからである。


しかし斯様な少女趣味じみた気持ちよりも好奇心が勝り、つい四五日前に漸く読みはじめたのであつた。さうして本日先刻、読了に至つた次第である。結末に些かの物足りなさ、と云ふか冗長な感があつたけれども、全編、その筋立てと筆致に敬服しつつ、すこぶる面白く読んだ。


漱石が思ひ描いてゐた結末がどのやうなものであつたかと云ふ事は漱石のみぞ知るところであり、畢竟我々は知り得ないのだから、どのやうな解釈があつても宜しからうと思はせる、なかなか力強い作品であつた。