アダモ

「たーけやー、さおだけ!(二本で千円、20年前のお値段です)やーきもー、やきもー(20年前のお値段です)いーしやぁーきいもー、おいも!たーけやー、さおだけ!いーしやぁーきいもー、さおだけ!おいも!(20年前のお値段です)……」

うるせえなあ。じれってえなあ。徐行し続けているよなあ、あの車。さっきからなんだい、竿竹屋と芋屋がずーっとうちのめえを行ったり来たりしてるじゃねえか。しかもあれだ、なんだ、竿竹屋と芋屋、ちょいと時間をおいつくれて、交互にうちのめえを通過していくってんなら分からあ。まあ許してやろうじゃねえか、向こうさんだって仕事だ、ねぇ。なにも好き好んでこの界隈を流してるってわけでもねえだろう。しかしあれだよ、どうだろう、こう、もう少しね、そりゃ仕事だってこたぁわかってるン、ええ。でもね、もうあたし、気になって気になってしかたないもんですからね。

よろしい。もうこうなりゃ、てめえらの行動パターン、そして、なにゆえにそこまでして竿竹や芋を売りたいのか、その隠されたメッセージ、あたしが徹底的に解読してやろうじゃないの。と、耳ぃ澄ましてよーく彼らの声を聞いてたン。そんなことしてますと、やがて「たーけやー」なんて東の方角から聞こえてくる。すると今度ぁ西の方角から「いーしやぁーきいもー、おいも!」なんて来るんだねぇ。おいおい、なんだろうね、こいつらぁデュオか、ステレオか。とこれは、そうか音楽だったのか!冗談ではなかったのか!などと思いながらさらに聞いていますと、だんだんだんだんその声が近づいて来て、あろうことか、うちのめえで竿竹屋と芋屋がすれ違ったン。それが、冒頭の一節。

「買う、わかった買う!買う買う買う!」なんつって炬燵からばっ、と立ち上がり、どてらシっ掛けタタタタタッ、おもてェ出てみると、おや。なんだろうねぇ、あれは不思議なもんですねぇ。今の今までうちのめえをのーんびり、そいつぁ牛みてえに「モー」なんてこと言いながら、いや言いませんでしたけどね、ええ。行ったり来たりしていました二台の軽トラック。見ますと、もうずいぶん遠ーくの、遠ーくのほうまで行っちまってるン。このようなとき、つくづく惨めな気持ちになるものでございます。千円札を握りしめた大の男が、ご近所様の眼、つまり体裁やプライドを棄て、石焼芋、あるいは物干し竿を買ってやるぞお、と威勢よく冬空の下に飛び出してみたものの、そこにはもう、誰の姿もなかったのですから。そして、いつもより寒い。というのは、昼頃から降りだした雨がいつの間にか、雪に変わっていたからである。

http://www.youtube.com/watch?v=ln-KLltY53k