ブランデーグラス

1816帰宅、日中の激務により萎え萎え。息も絶え絶え。そりゃちと大げさか。自室にてぶっ倒れ、ふとカレンダーに目をやると、4月のままであった。去年の。というのは嘘だが、私はゆらゆらと立ちあがり、そのカレンダーを二枚破り棄て、ちと早いが「6月」にした。

夜、麦酒、フライドチキン、そうめん。流れない、または、流さない「そうめん」である。他人(ひと)に流されない「そうめん」である。そういえば、師匠(勝手にそういわせてもらっているだけだが)のエッセイを思い出した。『――ひとり前。一把では少ないような気がするし、二把では多いような気がするのである。いったいどうしたものだろうと懊悩し――』まったく同感、私も懊悩したが、結局、師匠のように六把も茹でてくうことはなく、没個性的に一把だけ茹でてくって腹八分。

深更、焼酎をなみなみ注いだグラス片手に「ブランデーグラス」を歌う。http://www.youtube.com/watch?v=aTmkdK9OlbM後、握り飯を三つ拵えて就寝、4時。ゴールキーパーの練習風景。