乾杯

夕刻六時、草加駅でAさんと落ちあい、連れ立って千駄木に向かう。Aさんの友人知人たちが集うという、ある宴に出席するためである。乗った電車の窓からは沈みゆく太陽が見え、Aさんは「きれいだね」と言ったが、私はそれどころではなかった。緊張していたからである。というのも、聞くところによると、この宴の参会者は、各方面の芸術家、文化人、外国人、みな大卒、あるいは院生、とのこと。私のような高卒トラック運転手などは、いかにも場違いであろうと思ったからである。しかし、卑屈になってばかりもいられぬので、このような集まりにあっては、私は異色の経歴の持ち主であり、特異な存在なのであるなどと、都合よく自らを勇気づけ、奮い立たせ、会場に入った。

会場にはまだ誰も到着しておらず、店主の「先に飲んで待ってたら?」とのありがたいお言葉をいただき、生ビールをG飲。しているうちに続々と参会者があらわれ、あれよあれよという間に、総勢15名。その半数近くが外国人で、ギリシャ人、フランス人、レバノン人、韓国人。東大の教授まで来て、いよいよ盛り上がる皆の会話、聞こえてはいるが難解、私は座敷の隅っこで恐縮至極の態、うすら笑い浮かべ、「自己紹介とかさせられたらヤダなー、怖いなー」、うつむき、びくびくしつつ、ひたすらわが劣等感を肴に日本酒をG飲するのであった。乾杯。いや、完敗である。

それでも唯一、酔った勢いでフランス人の青年に話しかけることができた。といっても、Aさんに通訳をしてもらってのことである。私「きみ、ランボーに似てるなあ。アルチュール・ランボーに」と言うと彼、「ランボー・・・・・・ランボー?知らないなあ」。これにはいささか驚いた。彼の年齢は知らないが、おそらく25、6歳だろう。にしても、ランボーを知らないフランス人なんているのか、と。