不足について

18時帰宅。玄関のドアを開けた瞬間に「ああ晩飯はカレーだな」と判る。これは僕の嗅覚が人より優れているからというわけではない。カレーの実力である。ところで僕はトイレに入って尻を出した。35年物の尻だ。便座に腰をおろすと、ふと、そこでもカレーの匂いがした。人間はしばしば、カレーとウンコを混同しがちだが、僕はその両者に一線を引いているつもりだ。それだけが僕の取り柄だといってもいい。――それにしてもトイレ内でカレーの匂いがするというのはこれ、不思議なものですね。おや、ひょっとするとここの換気扇がその理由かもしれないな。つまり家人が台所で作っているウンコの匂いが、強力なこのトイレの換気扇に引き寄せられたために起きた珍事。それじゃア夢がないよなあ。つまらないよなあ――。思いつつ、僕はカレーをし終えると、紙で尻を拭き立ち上がった。

夜、トマト、AJのたたき、柿の種を肴にビール中瓶1本半。後、カレーライス、桜桃。自室に引き揚げたのは21時半。ウイスキー飲みつつ耳をすますと、お隣さんはもう眠りについたようである。たいへん静かで結構だが、早朝や夕刻の、あの騒音と較べると、物音ひとつしないというのは、かえって不気味なものである。そして、まあ24hあの調子ではたまらないけれども、妙な寂しさを感じるのもまた事実である。お隣さんには、2才のおのこがいるのだ。2才といえば、まだ夜中に泣いたりするんじゃないのか。それがどうしてこんなに静かなのか。あんなに朝夕、ダダダダダッと洋間を走り回っていたのに。眠っているのならいいが若しや・・・・・・。いや。私が思い、感じているものすべて幻なのではあるまいか。なぜなら、「隣人」などハナからいないじゃないか。おのこなどいないじゃないか。嘘じゃないか。家人も、友人も、恋人も、ウンコ人も。みな嘘じゃないか。いるのは「私」だけじゃないか。