出生の秘密

朝7時。


起き抜けに煙草を4、5本たて続けに喫む。宿を出てしまえばしばらくの間はそれが御預になるからである。昨今の病院は喫煙室はもちろんのこと、屋外に“喫煙スペース”さへ設けられておらぬゆえ(病院に限ったことではないが)、せめて“喫みだめ”でもしておかなければ、子らが産声をあげるまでの緊張した時間を、酒や煙草も喫まずに落ち着いてじっとしていることなぞ、私には到底できぬであろうと思ったからだ。――昨日の夕刻なぞは辛抱たまらず、家人に「ちょっ、ちょっくら、タバコ吸ってくらあ。おれ」と云い残して病院を出、出たのは良いが、さてどこで一服しよう。と、10分ほど歩き回ってついに探し当てた、病院の隣にある高層ビルヂングの裏手、駐車場脇の、寒風がひゅうひゅう云って吹いてやがる喫煙所にて、そのビルヂングに勤めている背広姿の社員たちに混じって、彼らの怪訝そうな視線を浴びつつ、ようやく喫煙を果たすと云った有様なのであった――。


8時。シャワーを浴びて身を清め、宿を出る。広島市内、快晴。私は、「本日の埼玉の天気はどんなものだろうか」とか「本日入籍すると云っていた、S野夫妻のセックスとは一体どんなものなのだろうか」とか「“海老蔵”と云うのはあれ、本名なのだろうか」なぞ云う、その時の私にとっては可成どうだっていいことを考えながら、元安川に架る“平和大橋”を、とぼとぼ歩いて渡ったのである。


9時。病院2階、手術室の入口で家人を見送ると、4階の産婦人科フロアに戻り、家人の病室に向かう。すると若い女の看護師に、「旦那さん、赤ちゃんは病室には来ないけん、待合室で待っとってください」と優しく諭され、ハッとした。なぜならつい先程、別の看護師にも同様のことを云われていたからである――。とまれそこで、病院の広報誌なぞをぱらぱらめくっていたのだが、すぐにじっとしていられなくなり、やがてカメラや携帯電話をいじったり、トイレに行ったり、8階の食堂に行ってみたりと、はたから見れば私は、初めての子の誕生を待つ、典型的な“新米パパ”の態であったろう。


10時。待合室の前の廊下を、看護師たちが慌しく行き来している。私は子らが生まれたことを直感したが、すぐと不安な心持ちになった。と云うのも、生まれたのは良いが、子らや家人に何かあったのではないかと思ったからである。すると看護師が来て、子らが生まれたことを私に告げた。そして、「もうすぐここに上がって来るけん、廊下に出て待っとってください」と、笑顔で云った。10時半、子らと対面――。